高校野球ファンにはたまらない!補欠が主役の映画『ひゃくはち』

映画『ひゃくはち』について

高校球児の日常が微笑ましい

強豪野球部の物語で、夏の県大会決勝のシーンから始まります。主人公はスタンドで応援している2年生部員ですが、決勝で自分の学校が負けてしまった時、泣いているふりをしながらも親友とひそかに握手をかわし「ついに俺たちの時代がきたな」とニンマリ。

先輩たちが引退して自分たちが最上級生となり、次の大会で背番号をもらうために寮長に立候補してみたり、練習で必死さをアピールしてみたり。やっともらえた背番号に、コンパで出会った女子大生の陰毛をお守りがわりに縫い込んだりもします。

等身大の男子高校生たちが寮の部屋でワイワイしている様子は見ていてほっこりします。くだらない事でケンカしたり喜んだりしていて、なんだかいいなぁと思いました。

思わずへぇーと言ってしまう「ひゃくはち」の意味

ネタバレになるのでここには書きませんが、この映画のタイトルにもなっている「ひゃくはち」は野球に関するあるものの数です。

「煩悩の数と同じ」「でも野球はアメリカで生まれたから関係ない」という会話があって興味深いです。

本筋とはほとんど関係ない、なんてことない会話の中での豆知識が映画のタイトルになっているところがおもしろいし、心に残るから不思議です。

くだらない日常がすべてラストの感動への伏線になっていた!

強豪校ならではの厳しい練習やプレッシャーに耐えつつ、ライバルを蹴落とすために画策していかに背番号をもらうかだけを考えて日々過ごしていくわけですが、主人公はなんとかギリギリ背番号がもらえたものの親友はもらえませんでした。

しかし、ひょんなことから親友に背番号が与えられることになります。その時の主人公の「不謹慎だけど喜べ」というセリフは世の中のすべての補欠たちの胸を打つと思います。

そしてラストシーン、県大会の決勝で主人公がわざとある失敗をやらかすのですが、それが笑えるのになぜかとても泣けます。

強豪校にいるからと言って、どんなに頑張ってもレギュラーになることはもちろん、試合に出られるチャンスなんてなかなか来ません。そんな中で万年補欠の主人公が考えた自分なりの生き方が痛快です。

高校球児だった人にはなつかしく、高校野球ファンにはたまらない高校球児のリアルが満載の作品です。