ウソぴょん文化に踊らされたくない~原田実著「江戸しぐさの正体」星海社新書  

江戸しぐさの正体を読んで

著者について

著者は一時多くの歴史ファンをきりきり舞いさせた、「東日流外三郡誌」の嘘を暴いた原田実氏。青森で生まれた嘘歴史の内容は割愛するが、嘘歴史ということでは、この「江戸しぐさ」も相当なものだ。

ウソぴょん伝説

明治政府に追われた江戸っ子の立ち振る舞い。なんとなく、歴史のベールに隠された秘部に触れたいという助平心がわいてくる(失礼!)。

しかし、江戸城開城の折、江戸しぐさを伝えた江戸っ子が明治新政府によって殺されようとした、それを憂えた勝海舟が、ひそかに江戸の木戸_そんなの、あるの?_から逃した、というのだが。

史実とちがう!

明治維新前後の江戸の混乱といえば、御用盗や、薩長軍を恐れて町民が避難したこと、旧幕府の彰義隊決起、幕府残兵による薩長軍襲撃があげられる。しかし、江戸っ子文化の組織的な弾圧など日本近代史のどこにも書かれていない。

キリシタン弾圧なら明治初期まで行われたが、江戸文化の絶滅など新政府は企図しなかった。大体乗り込んだ江戸の町民たちをわざわざ怒らせては、とても治安が保てない。

一方の旧江戸町民も、将軍が天朝様に代わったというだけで、誰が上に立とうと関心を持たなかった。せいぜい「明治」をもじって「治まる明(めい)」と皮肉をいう程度の反骨ぶりだった。

しかも、神田明神の祭りや、何より江戸の言葉は、明治の代になっても根強く残って今に至っている。言葉を離れて文化はありえないのだから、江戸しぐさが江戸っ子の言葉とともに東京に残ったはずである。しかし、新正の「江戸っ子」達は地方へ逃げたという。それでは、今に残る江戸文化は嘘なのか?ちがうだろ、である。

各個撃破

これで江戸しぐさなる行動規範は史実の裏づけを失ったが、著者はていねいに江戸しぐさの具体例を検証して、各個撃破していく。その詳細は是非とも本書で確認してほしい。全くインチキというほかないねつ造マナーなのだが、そのルーツは、ある老人の昔語りにあり、その老人は現代人のマナー違反に慨嘆して、架空の江戸文化を美徳とする「しぐさ」をあみだした。それが事の真相である.

結論と感想

それでも、架空歴史の創作や、価値観の体系と文化観を仲間内でたのしむというのは、普通の同好サークルでも実行されている。例えば、ディズニーのテーマパークで、現実にはない世界を楽しんだり、ハリーポッターの魔法を映画で堪能するというのは、健全な趣味といえよう。

が、本当に魔法はあるんだ、と強弁したり、ミッキーの着ぐるみをホンモノと信じて疑わない大人がいたら、ちょっと大丈夫かと声をかけたくもなる。

江戸しぐさも、創作物としてたのしむ分には問題ないが、文科省や、AC などの公的機関が正式な道徳やマナーと採用、宣伝するのは、著者同様見過ごすことのできない事実である。今のところ、教育の現場への浸透はくいとめられているが、こうした嘘歴史は、いつ何時息を吹き返すかわからない。嘘は信じないという自戒をこめて、この本はまた読み返したいと思う。